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奈良地方裁判所 平成8年(ワ)444号 判決 1998年3月25日

原告

林昇

右訴訟代理人弁護士

佐藤真理

宮尾耕二

被告

豊和運輸株式会社

右代表者代表取締役

北森康史

右訴訟代理人弁護士

清水伸郎

主文

一  被告が平成八年三月一九日付けでした原告に対する同月二〇日から三日間の出勤停止処分が無効であることを確認する。

二  被告は原告に対し、二三四万〇一三六円及びうち四万〇一三六円については平成八年一〇月一六日から支払済みまで年六分、うち五〇万円については平成九年一二月三日から支払済みまで年五分の各割合による金員を支払え。

三  原告の被告に対する平成八年四月から被告が原告を長距離トラック運転手として勤務させるまで、毎月二八日限り、各金九万円の支払を求める訴えのうち、平成九年一二月二八日の支払日以降の各支払を求める訴えを却下し、原告のその余の請求を棄却する。

四  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

五  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が平成八年三月一九日付けでした原告に対する同月二〇日から三日間の出勤停止処分が無効であることを確認する。

二  被告は原告に対し、四万〇一三六円及びこれに対する平成八年一〇月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告が被告の経営する運送業において長距離トラック運転手として勤務する労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

四  被告は原告に対し、平成八年四月から被告が原告を長距離トラック運転手として勤務させるまで、毎月二八日限り、各金九万円を支払え。

五  被告は原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成八年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告がその雇用主である被告に対し、<1>請求一項記載の出勤停止処分(以下「本件出勤停止処分」という)の無効確認及びこれを前提とした出勤停止期間中の賃金の支払、<2>長距離トラック運転手として勤務する労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び長距離トラック運転手の業務から排除され、現にこれが継続していることについての債務不履行(和解条項の不遵守)又は不法行為に基づく損害賠償、<3>一連の不当労働行為を理由とする不法行為に基づく損害賠償を求めている事案である。

二  争いのない事実等

1  当事者

被告は、貨物自動車運送事業を営む株式会社である。

原告は、昭和六〇年七月一〇日に被告に就職してから現在に至るまで、被告のトラック運転手として運送業務に従事している。

2  本件出勤停止処分に至る経緯

(一) 原告は、腰痛が悪化したことを理由として、平成七年一一月一九日から一週間欠勤した。

(二) 被告は、同月二七日、原告に対して、解雇処分をした。

(三) 平成八年一月三一日、被告の従業員により、初めての労働組合として奈良県自動車交通労働組合(通称自交総連奈良地方本部)豊和運輸分会(以下「本件組合」という)が結成され、原告がその分会長に選出された。

(四) 原告は、同年二月一九日、本件解雇処分の無効を主張して、当庁に地位保全仮処分命令を申し立て(当庁平成八年(ヨ)第二三号、以下「本件仮処分事件」という)、同年三月四日、原、被告間で次のような裁判上の和解が成立した(以下「本件和解」という)。

(1) 原告は、従前の勤務態度を改め、本件和解の成立により復職した後は心を新たに職務に専念することを確約する。

(2) 被告は、原告に対する平成七年一一月二七日付け解雇処分を撤回し、原告を平成八年三月一一日より原職に復帰させ、トラック運転手として就労させる。

(3) 被告は、原告に対し、右処分の日から平成八年二月二〇日まで皆勤したものと取り扱い、右処分に関する解決金として金九一万一三六五円の支払義務があることを認め、これを平成八年三月一一日に原告に対して支払う。

(4) 平成八年三月一一日から同年三月二〇日までの原告の賃金については、別途協議のうえ、被告は同年三月二八日に原告に対して支払う。

(5) 原告は本件に関し、その余の請求を放棄する。

(6) 申立費用は各自の負担とする。

3  本件出勤停止処分

被告は、平成八年三月一九日、原告に対して、「平成七年一一月一九日より引続き一週間正当な理由のない欠勤をし被告に業務上の支障をきたす非違行為を行ったこと」を理由として、本件出勤停止処分をした。

4  被告の就業規則五四条には、従業員が次の一に該当するときは、減給、出勤停止、昇格停止又は降職・降格に処する。ただし、情状によりけん責に止めることがあるとの規定がある。(<証拠略>)

(一) 正当な理由なく無断欠勤したとき

(二) その他各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき

5  平成七年八月から同年一〇月までの原告の給料額、出勤日数は次のとおりである。

平成七年八月分 三三万二四〇〇円(出勤日数二三日)

同年九月分 三四万〇六〇〇円(同二七日)

同年一〇月分 三三万〇四〇〇円(同二五日)

三  争点

1  本件出勤停止処分は、懲戒事由の存在を欠き、不当労働行為に当たるものとして無効か。

2  原告が被告との労働契約上、長距離トラック運転手として勤務する権利を有する地位にあるか。

3  被告の原告に対する処遇について、本件和解違反の債務不履行又は不法行為が成立するか。

4  原告の損害額

四  争点に関する各当事者の主張

1  争点1について

(被告の主張)

(一) 被告は、本件和解に基づき原告を平成八年三月一一日から原職に復帰させ、トラック運転手として就労させるに当たり、被告の責任である従業員に対する安全配慮義務の観点から、原告がトラックに乗務することが可能か否かを判断する一資料として、腰痛の治療経過、現在の腰痛の症状、トラック乗務が可能か否かを記載した医師・病院の診断書の提出を求めた。これに対し原告は、同月一二日、医療法人平和会吉田病院医師紺谷日出雄作成の「腰痛の自・他覚症状なし、健康体にて就労可能である」と記載された診断書を提出してきたが、これには治療経過が全く記載されていなかったため、被告は、原告に対し、<1>右欠勤の際、診療を受けていた病院名及び医師の氏名、<2>従前入院、治療していた青藍病院ではなく、吉田病院で右診断書を作成してもらった理由、<3>右欠勤の際、毎晩飲食店に出入りし、とても腰痛とは思えない言動をとっていたことの理由等を質問したところ、原告は、右欠勤中一度もしかるべき医師、病院の診断、治療を受けていなかったことを自供し、吉田病院の診断書を提出した理由や毎晩飲食店に出入りしていた理由についても全く説明ができずしどろもどろになった。

(二) 被告は、原告の右欠勤により、請け負った運送契約の実行を他のトラック運転手でまかなうことができず、別の運送業者に下請けに出さなければならなくなり、その業務に支障を来したが、原告の欠勤が、右のとおり正当な理由に基づくものでないことが判明したため、就業規則に基づき、本件出勤停止処分をしたものである。

(三) 原告は、本件出勤停止処分が解雇処分以前の勤務態度を問題とするものであり、一事不再理の原則に反する等と主張するが、被告が解雇処分をし、その後本件和解をした時点では、右「ずる休み」の事実は判明しておらず、本件和解の対象にもなっていなかったのであるから、本件出勤停止処分は、本件和解及び一事不再理の原則に抵触しない。

(原告の主張)

(一) 原告は、腰痛が悪化したため、平成七年一一月一八日に被告に申し出て、翌一九日から一週間欠勤したのであり、本件出勤停止処分には事実の誤認がある。

(二) 解雇処分以前の原告の勤務態度を理由に出勤停止処分をすることは、一事不再理の原則に反し、信義則上許されない。

(三) 本件出勤停止処分は、原告が本件組合の組合員であることを理由とした不利益取扱いであって、不当労働行為に当たる。現に、本件組合の組合員は、本件出勤停止処分が行われたころに被告の圧力を受け、原告一人を残して一斉に脱退している。

2  争点2について

(原告の主張)

(一) 被告の営業は、<1>特定企業を顧客とした継続的な運送請負業務、<2>引っ越し請負業務、<3>法人関係の一般貨物運送業務に分類され、そのトラック運転手も、右業務にそれぞれ対応して、<1>「専属」担当の運転手、<2>「引っ越し」担当の運転手、<3>「フリー」担当の運転手に分類されている。そして、「フリー」担当の運転手のうち、片道の走行距離が三〇〇キロメートルを超える運送業務に携わる者が「長距離」トラック運転手であり、これに該当する者は一定の要件の下に長距離手当の支給を受けている。

(二) 原告は、被告に入社後、フリーの中距離担当、専属担当、フリーの中距離担当を経て、平成六年一〇月二一日から平成七年一一月二七日付けで解雇処分を受けるまでは、フリーの長距離担当運転手として勤務してきた。

(三) 本件和解条項に「原告を平成八年三月一一日より原職に復帰させ、トラック運転手として就労させる」とあるのは、まさに原告を解雇処分前の職、すなわち、フリーの長距離担当運転手として勤務させることを意味するものである。

(被告の主張)

(一) 被告の業務内容は、大別すると一般貨物運送業務と引っ越しサービス業務とに分類され、被告に勤務するトラック運転手は、一般貨物運送業務に従事しながら引っ越しサービス業務に従事することもある。原告の主張するような長距離トラック運転手という職種はなく、ただ、トラック運転手のうち、月所定労働期間中の片道の走行距離が三〇〇キロメートルを超える運送業務に五回以上従事した者については、二万円の長距離手当の受給資格が認められているにすぎない。

なお、原告は、平成七年一一月三日付けで、遠隔地の運送業務の発注荷主である三洋工業株式会社(以下「三洋工業」という)から出入禁止措置を受けていたから、解雇処分前の業務内容としても、長距離手当の受給資格がある遠隔地のトラック運送ではなく、近・中距離の運送業務に従事していたものである。

(二) 右のとおり、被告には長距離トラック運転手という職種はないから、本件和解条項中の「原職」とはトラック運転手としての業務を意味するものである。

3  争点3について

(原告の主張)

(一) 原告は本件和解後、一方的に長距離トラック運転手の業務から外されて、専ら近距離の運送業務に従事させられるようになり、後記のとおり月約九万円の減収を強いられている。

原告に対するこのような処遇は、本件和解に違反するのみならず、業務上の必要性、合理性を全く持たない、労働条件の一方的な不利益変更である。

また、このような処遇は、原告が中心となって本件組合を結成し、組合員として活動していることを被告が嫌悪してなした不利益取扱いであり、組合員を経済的に圧迫することによって組合の影響力を低下させ、本件組合を壊滅させることを意図した支配介入行為であって、労働組合法七条一号及び三号の不当労働行為に当たる。

(二) 原告は、右のほかにも被告から、<1>他のトラック運転手には命じられない構内及び従業員休憩室の清掃を命じられたり、<2>初年度登録から一〇年以上を経過して老朽化した整備不良車両への乗務を強要されたり、<3>運送業務の割当回数を意図的に制限されたり、<4>勤続年数を無視してその名前を配車表の最下段へ登載される等の不利益取扱い(不法行為)を受けている。

(被告の主張)

(一) 被告は当初、原告がその劣悪な勤務態度により複数の荷主から出入禁止の措置を受けていること、原告の協調性の欠如により他の従業員が原告との協同の業務を拒んでいること、原告が誠実に勤務するか否か、その改悛ぶりを見極めざるを得なかったこと等から、本件和解後すぐに原告をトラックに乗務させることが困難であったものである。しかし、本件和解を遵守すべく、平成八年三月二六日からは、原告に対し、誠実に勤務し、特に荷主には言葉遣いを十分に気を付けその指示に従うよう厳命した上で、原告の出入りを禁止していない荷主の運送業務及び原告が単独でなし得る運送業務に限定して、原告をトラック運転手として運送業務に従事させている。

(二) 原告の主張(二)は否認する。

本件組合は、被告に対し、平成八年三月二八日以降、団体交渉開催の申入れや、不当労働行為に関する抗議、申入れを一切しておらず、原告の不当労働行為の主張は、虚偽、欺瞞である。

4  争点4について

(原告の主張)

(一) 原告は、前記のとおり、長距離運送業務から排除されたことにより賃金差別を受けている。その結果、平成七年八月から同年一〇月までの平均賃金は、月額三三万四四六七円であったのに対し、現在では総支給額で二三万八一五三円前後、手取額では一八万円ないし一九万円程度しかなく、月額九万円を下らない損害を被っている。

(二) 原告は、被告の前記一連の不当労働行為(不法行為)により、著しい精神的苦痛(職場において「さらし者」にされていること、他の運転手から白眼視され孤立させられていること、賃金低下により子供らに援助を求めざるを得ないことによる苦痛等)を受けており、これに対する慰謝料額は三〇〇万円を下らない。

(被告の主張)

(一) 原告主張の平成七年八月から同年一〇月までの給料は、長距離運転手としての給料ではなく、長距離手当等特別手当受給資格のある遠隔地トラック運送業務、中・近距離運送業務、引っ越し運送業務等に従事したトラック運転手としての給料である。そして、遠隔地運送業務に従事するトラック運転手の賃金体系は、その乗務するトラックの車種、遠隔距離数、帰路に荷物を運送するか否か等で受給する乗務給手当、長距離手当、帰荷手当、食事手当等によって差異が生ずる仕組みになっており、また、季節、欠勤等により遠隔地運送業務の配車回数にも差異があるから、その給料を単純に平均化することはできない。したがって、原告主張の平成七年八月から同年一〇月までの平均賃金を被控除額として差額を計算することは失当である。

また、給料が減少しているのは原告だけでなく、長距離手当等特別手当受給資格のある遠隔地運送業務に従事している他のトラック運転手においても、遠隔地運送業務回数自体の減少により全体としての給料が減少しているから、原告主張の二三万八一五三円を控除額として差額を計算することは不当である。

(二) 原告は、被告から何らの掣肘を受けることなく他の同僚運転手と自由に接触し、情報を収集していること、被告の敷地、トラック、建物内部等を自由に写真撮影し、証拠として提出していることからすれば、原告が職場において「さらし者」にされている旨の主張は、虚偽、欺瞞である。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第四争点に対する判断

一  当裁判所の認定した事実

前記争いのない事実等及び証拠(各項に掲記のもの)によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和六〇年七月一〇日、被告にトラック運転手として採用され、現在に至るまでトラック運転手として勤務してきた。

原告は、平成六年一〇月二一日ころ以降、中東と交替して、月に七、八回、三洋工業の長距離運送業務を主に担当するようになり、平成六年一一月分の給料からは、長距離手当二万円(片道三〇〇キロを超える走行が月に五回以上ある場合に二万円を支給されるもの)のほか、帰荷手当(遠隔地に運送した帰りに荷物を積んできた場合に支給されるもの)、食事手当(片道走行距離が三〇〇キロメートルを超える場合に各遠隔地業務毎に二〇〇〇円ないし五〇〇〇円が現金で支給されるもの)等の支給を受けるようになった。このため原告の給料合計額は、被告の賃金台帳上においても、平成六年一月から一〇月までがおおむね三〇万円前後であったのに対し、同年一一月から平成七年一〇月までは最も少ない月でも三二万四二〇〇円、最も多い月には三六万一七〇〇円となっており、単純平均しても月額三四万四五〇〇円前後となっていた(<証拠・人証略>)。

2  被告に勤務するトラック運転手の業務の内容は、引っ越し、専属(特定の顧客の荷物を継続的に運送する業務)、フリー(随時、顧客から依頼を受けて荷物を運送する業務)の三つに分かれていたが、専属の運転手以外のフリーの仕事を担当する者は、引っ越し業務も担当しており、原告も三洋工業の長距離運送業務を主に担当していた当時、引っ越し業務(<証拠略>)や近・中距離運送業務(平成七年一月分につき、<証拠略>)も行っていた(<人証略>)。

3  被告における具体的運送業務の割当ては、被告の配車係が毎日、翌日の運送業務の各運転手への割当てを配車表に記載して掲示する方法により行われていたが、専属の仕事のほか、毎日の運送業務は顧客の需要に応じて増減があり、運転手への割当てについて明確な基準等はなかった(<証拠略>、弁論の全趣旨)。

4  原告は、かつて、過積載の強要を断ったことを理由として、創美工芸から約三日間出入りを禁止されたことがあったが(<人証略>)、平成七年一一月三日付けで三洋工業から出入禁止措置を受けたことを理由として、同月四日以降、三洋工業の運送業務を割り当てられなくなり、これ以後は近・中距離の運送業務を割り当てられるようになった(<証拠略>)。

5  原告は、被告に入社後、腰痛のため、青藍病院において二回入院治療を受けたことがあったが(<証拠略>は平成二年一一月九日から同年一二月八日までの入院治療の分)、平成七年一一月中旬頃から腰痛が悪化したとして、同月一八日に被告に申し出て、翌一九日から一週間欠勤した。そして、この間の同月二二、二三日ころに予約をした上で、同月二七日、腰痛を主症状として、畑中カイロプラクティック研究所においてカイロプラクティック(骨盤・脊椎矯正)療法の施術を受けた(<証拠・人証略>)。

6  被告は、同月二七日、原告を解雇処分とし、同月二九日、離職理由を解雇とし、その具体的な事情を職務放棄と記載した原告の雇用保険被保険者離職票を大和郡山公共職業安定所長に提出した(<証拠略>)。

7  原告は、被告に対し、同年一二月一六日到達の通知書をもって、右解雇処分の撤回を求めた(<証拠略>)。これに対し被告は、同月二一日付け回答書をもって、右解雇の理由について、「<1>複数の取引先から原告の出入禁止を言い渡され(その理由は、いずれも、原告の言動(例えば、荷台にベニヤで仕切りを作り、積み込む荷の量を少なくしたなど)に起因するものでした)、<2>又、九州行きの引っ越し業務を放棄するなどの不祥事が続いたため、業務の遂行に必要な能力に堪えないと判断して、やむを得ず解雇権を行使したものです」と回答した(<証拠略>)。

8  本件訴訟において被告の担当者が証言したところによれば、右解雇理由の<1>について被告が想定していたのは、原告が池田紙業の荷物を取り扱った際、荷台にベニヤで仕切りを作り、積み込む荷の量を少なくしたことがあったというものであり、<2>については、原告が四トン車に積込みを終えた荷物を二トン車に積み替えるよう、被告の安本部長から指示されたのに、その指示に従わず帰ったことがあったというものであって、いずれも右解雇処分時からはかなり前の出来事であった(<人証略>)。

9  平成八年一月三一日、被告の従業員一一名で本件組合が結成され、原告は分会長となった。本件組合は、同日、被告に対し、本件組合の組織関係、役員氏名及び要求事項を記載した労働組合結成通知書を提出した。そして、その要求事項(3)には、組合員の身分保障及び組合活動の保障についてとして、「分会長原告の一方的解雇を撤回し、従前どおり職務につかせること」があげられている(<証拠略>)。

10  本件組合は、同年二月一三日、第一回の団体交渉を開催したが、その中で、被告の安本部長は、前記解雇処分の理由につき、三洋工業から被告の西本に対し、原告が配達先で車を借りて数時間経っても戻らず、被告に仕事を出すのを考える旨の苦情申入れがあり、原告に事情を聴取したところ、本人も認めたなどの趣旨の発言をした(<証拠略>)。その後、第二回団体交渉は同月一九日に、第三回は同年三月二八日、第四回は同年六月ころにそれぞれ開催されたが、これ以後は現在に至るまで本件組合から団体交渉の申入れはなく、開催もされていない(<人証略>)。

11  原告は、同年二月一九日、前記解雇処分の無効を主張して、当庁に本件仮処分事件を申し立て(<証拠略>)、同年三月四日、本件仮処分事件につき、原、被告間で本件和解が成立した(<証拠略>)。

12  被告の代表取締役北森康史(以下「北森」という)は、同月一一日、原告に対し、トラック運転手として就労させるに当たり、医師の診断書を提出するよう指示した。もっとも、腰痛を訴えて休む従業員の就労に際し、被告がそれまで診断書の提出を求めたことはなかった(弁論の全趣旨)。

13  原告は、同月一二日、被告に出勤し、北森に対して、同月一一日作成の医療法人平和会吉田病院紺谷日出雄医師作成の「腰痛の自・他覚症状なし、健康体にて就労可能であると診断す」旨記載された診断書(<証拠略>)を提出した。しかし、北森は、同診断書が前に入院していた青藍病院や平成七年一一月一九日から一週間欠勤した際に腰痛治療を受けた病院の診断書ではないことから不審を抱き、原告に対し、右欠勤の際に病院で腰痛の治療を受けたか否か等を尋ねたところ、原告は、病院で治療を受けていなかったことを認め、カイロプラクティックの施術を受けたという趣旨の返答をした(<証拠・人証略>)。また、北森は、原告が欠勤中、毎晩飲食店に出入りして、とても腰痛とは思えない言動をとっていたという従業員の噂があったので、その真偽を問い質したところ、原告は何も答えなかった(<人証略>)。このため北森は、原告に対し、翌日(平成八年三月一三日)から自宅待機をするように命じ(<人証略>)、被告の西本課長は、原告に対し、当日中は運転手控え室の窓拭き、拭き掃除、会社敷地内のごみ拾いをするようにと命じて、原告にこれを行わせた(<人証略>)。

14  原告は、被告に対し、同年三月一五日到達の通知書をもって、自宅待機命令を撤回し、原告をトラック運転手として就労させるよう要求した(<証拠略>)。これに対し被告は、同月一六日付け通知書をもって、原告の腰痛によるトラック乗務不可能を理由とする平成七年一一月一九日から引続き一週間の欠勤が、正当な理由のない「ずる休み」で被告の業務に支障を来したことが判明したため、原告に対し相応の懲戒権を行使するか否か、行使するとして如何なる種類の懲戒権を行使するか決定するまで、原告に対し自宅待機の処置をとっている旨回答した(<証拠略>)。

15  原告の自宅待機中、平成八年三月一六日ころまでの間に、原告を除く組合員全員は本件組合を脱退し、本件組合は原告一人となった(<人証略>)。

16  被告は、原告に対し、同月一六日付け通知書をもって、同月一九日午前九時に出勤するよう求めた上(<証拠略>)、同月一九日、「平成七年一一月一九日より引続き一週間正当な理由のない欠勤をし、被告に業務上の支障をきたす非違行為を行っております」との理由で本件出勤停止処分をした(<証拠略>)。そして、本件出勤停止処分の通告後、原告は、被告の西本課長から会社の敷地の周りの溝掃除を命じられ、これを行った(<人証略>)。

17  原告は、同月二一日、当庁に、本件和解条項二項を債務名義として、被告に対して、被告が原告をトラック運転手として就労させるまでの間、一日につき金四万円の割合による金員の支払いを求める旨の間接強制決定の申立てをしたが(<証拠略>)、同月二六日から被告が原告をトラック運転手として一応就労させるようになったため、これを取り下げた(<証拠略>)。そして、これ以後原告は、奈良市大安寺町所在の日東工業からシャープ郡山工場までコピー機の部品等を一日一、二回運送する業務に主に従事している。この業務は、荷物が重く、また、運送距離は片道四キロメートル、運送時間は一五分程度であるが、同工場到着後の待機時間を含めた荷下ろしを終えるまでに合計四時間ないし六時間を要するものであるため、原告が休んだときには下請けのタニハナ物流の運転手に担当させている業務である(<人証略>)。

18  本件出勤停止処分までは、被告が従業員に対して出勤停止処分をしたことはなく、本件出勤停止処分以後も、平成八年冬ころに、従業員の岡崎に対し、事故を起こして被告に迷惑をかけたことを理由として、三日間の出勤停止処分をしたことがあるだけである(<人証略>)。

19  被告は、原告に割り当てるべき運送業務がないときには、原告に対して、「社内作業」として構内の清掃等を命じている(平成八年三月二三日、同月三〇日(半日で早退)、四月六日、同月一七日、同月二三日、同月二七日、五月一六日、六月二四日、同月二六日、同月二九日、七月二二日等)(<証拠・人証略>)。

また、被告は原告に対し、担当車両以外の他の車両の検査、整備等の作業(洗車、グリスアップ(油さし)、タイヤのエアーの調整等)を命じている(平成八年七月八日等)(<証拠・人証略>)。

原告は、毎週土曜日及び月に二、三回は、日東工業の仕事がなくその他の近距離の運送業務もなく、社内作業等を命じられるため、その日は有給休暇等をとるようになった(<人証略>)。

さらに、原告は、従前乗車していた三洋工業の運送業務仕様のウイング車(荷台が長くて大きく、左右から荷物の出入れができる車)から、別のトラックに車両を変更させられた(<人証略>)。原告が従前乗車していたウイング車は初年度登録から約二年の新しい車であったが、変更後の車両は初年度登録が昭和六〇年ないし六一年の古い車であった。原告が現在も乗車している車両番号<略>の車は、初年度登録が昭和六一年二月で、排気ブレーキに故障があり、フットブレーキの効きも悪く、タイヤも摩耗しており、修理を要する車であったが、被告は、平成九年三月に車検を受け、引き続き原告に乗車させていた(<証拠・人証略>)。原告が乗車している車の次に古い車は、瀧石運転手が乗車している初年度登録が平成三年ころの車であった(<人証略>)。

20  被告においては従前、フリーの仕事を担当する者の中で、主に長距離を担当する者と中距離を担当する者とに分かれていたが、現在では順番に割り当てられていて、長距離のみを担当する者はいないところ、原告は、前記のとおり、長距離の担当を外されている(<人証略>)。

二  争点1について

1  前記認定によれば、なるほど、原告は、一週間の欠勤中一度も医師の診療を受けておらず、ただ欠勤開始から四、五日後の一一月二二、二三日ころに予約をした上で、欠勤開始から一週間経過後の一一月二九日にカイロプラクティック療法の施術を受けていたにすぎないから、この時期における原告の腰痛の程度が果たして一週間の欠勤を要するほど重症のものであったのか、疑問の余地がないではない。また、その勤務態度も、創美工芸から三日間の出入禁止措置を受けたり、平成七年一一月三日付けで三洋工業から出入禁止措置を受けたりしている点で、経営者の視点からすれば、必ずしも良好とはいい難いものであって、これらの点からすれば、本件出勤停止処分は、懲戒事由の存在に欠けるものとして、直ちに無効となるものとはいえない。

しかしながら、<1>本件出勤停止処分に先立って行われた解雇処分は、いずれもかなり前の出来事を懲戒事由としているだけでなく、その根拠も不明確なまま被告の一方的通告により行われたものであって、到底有効なものとは認め難いこと、<2>右解雇処分を契機として本件組合が結成され、原告がその分会長に選出されるという経緯を経て、被告は、本件和解において右解雇処分を撤回し、原告を職場に復帰させることを約したが、それまでは腰痛を訴えて休む従業員の就労に際し診断書を徴求したことがなく、右解雇処分においても原告の欠勤自体は特に問題としていなかったにもかかわらず、本件和解後、原告から診断書の提出を受けて直ちに自宅待機を命じる一方で、通常は命じない会社敷地内のごみ拾い等を命じていること、<3>原告の自宅待機中の平成八年三月一六日ころまでの極めて短期間に、原告を除く組合員全員は本件組合を脱退し、本件組合は原告一人となったところ、被告は、同日付け通知書をもって原告の出頭を求めた上、同月一九日に本件出勤停止処分を行っていること、<4>本件出勤停止処分の通告時にも、右のような通常は命じない溝掃除を命じていること、<5>そして、三日間の出勤停止後も、右一19に認定したような、他の従業員が通常行わないような業務を命じていること等、その処分前後の経過に照らすと、本件出勤停止処分は、原告に対する解雇処分を契機として従業員により初めての労働組合である本件組合が結成されたことに衝撃を受けた被告が、その分会長に選出された原告を殊更に嫌悪し、被告における本件組合ないしはその分会長である原告の影響力を排除しようとの意図の下に行ったものと認められる。

したがって、このような点からすると、本件出勤停止処分は、懲戒権の濫用によるものとして、無効というべきである。

2  以上のとおり、本件出勤停止処分は無効であるから、原告の出勤停止期間中の不就労は「債権者の責に帰すべき事由」に当たり、原告は賃金請求権を失わない(民法五三六条二項)。

被告の賃金体系は、当該期間に従事した運送業務の内容によって諸手当の額が異なり、ばらつきがあるので、本件出勤停止処分の直近三か月間の平均賃金によって出勤停止期間中の賃金額を計算するのが相当である。そして、原告の平成七年一一月分の勤務は、出入禁止措置や一週間の欠勤により通常とは異なるため、平成七年八月分から同年一〇月分まで給料額及び出勤日数を基礎として平均賃金により計算することとする。

これによれば、原告の出勤停止三日間の賃金額は四万〇一三六円となる。

(基礎数値及び計算)

平成七年八月分 三三万二四〇〇円(出勤日数二三日)

同年九月分 三四万〇六〇〇円(同二七日)

同年一〇月分 三三万〇四〇〇円(同二五日)

(<証拠略>)

(332,400+340,600+330,400)÷(23+27+25)×3=40,136

三  争点2について

前記認定によれば、原告は、平成六年一一月から平成七年一〇月まで継続して長距離手当の受給要件を充たす業務に従事していたことが認められるが、他方、被告に勤務するトラック運転手の業務の内容は、引っ越し、専属、フリーの三つに分類されるものの、専属の運転手以外のフリーの仕事を担当する者も引っ越し業務を併せて担当しており、原告も三洋工業の長距離運送業務を主に担当していた当時、引っ越し業務や近・中距離運送業務にも従事していたというのであり、現在では長距離のみを担当する運転手はいなくなっているのであるから、被告の下に長距離トラック運転手という職種が存在するとは認められない。

したがって、その職種の存在を前提として右の地位確認を求める原告の請求は理由がない。

四  争点3について

1  右のとおり、被告の下に長距離トラック運転手という職種が存在するとは認められないから、その存在を前提とした本件和解違反の債務不履行をいう原告の主張は、採用することができない。

2  しかしながら、本件出勤停止処分は、前記のような意図の下に行われたものであり、原告に対する不法行為を構成するものというべきである。

そして、前記のとおり、原告が三洋工業から平成七年一一月三日付けで出入禁止措置を受けたこと自体は事実であったとしても、本件出勤停止処分に至る前記経緯からすると、右の措置が平成九年三月三日まで継続していると記載された、三洋工業を作成名義人とする同日付け報告書(<証拠略>)は、その信用性に多大な疑問があるといわざるを得ず、他に原告に対する荷主の出入禁止措置が現在まで継続して存在していることを認めるに足りる証拠はないから、被告が、複数の荷主からの出入禁止措置があることを理由として、順番に割り当てられている長距離運送業務を原告だけに割り当てていないのも、右と同様な意図の下に行われているものと認定するのが相当である。

そうすると、被告の右行為も原告に対する不法行為を構成するものというべきであり、また、これと同様に、被告が原告に割り当てる運送業務がないことを理由として、他の運転手には特段の事情があるほか命じていない社内作業と称する清掃作業等を、原告に対してのみ命じていることも不法行為を構成するものというべきである。

五  争点4について

1  原告の給料額は別表のとおりであり、別表掲記の各証拠、(証拠・人証略)によれば、給料のうち、長距離運送業務からの排除又は違法に社内作業と称する清掃業務を命じられたことによって支給額が減少したことが明らかな手当は、乗務給手当、帰荷手当、長距離手当であることが認められる。

そうすると、原告が被告の前記不法行為により被った損害額は、原告が長距離運送業務等に従事していた期間である平成六年一一月から平成七年一〇月までの右各手当の平均額と、原告が長距離運送業務等から排除された後である平成八年五月から平成九年三月までの右各手当の差額分と解するのが相当であり、その差額の合計は別表記載のとおり、最低でも月九万八六六六円であるから、被告からの的確な反証のない本件においては、その損害金は少なくとも原告主張の月九万円を下らない。

そして、原告の請求のうち、本訴口頭弁論終結後の損害賠償請求については、権利保護の要件を欠き、不適法であるから、原告は、本件出勤停止期間経過後である平成八年三月二三日から、本訴口頭弁論終結日である平成九年一二月三日までの間長距離運送業務に従事できなかったことにより、損害を被ったことが認められ、その損害額は、平成八年四月分から平成九年一一月分まで(二〇か月分)の月各九万円の合計一八〇万円であると認められる。

2  前記認定によれば、被告の一連の不法行為(原告に対して不当に長距離運送業務を割り当てなかったこと、社内作業と称する清掃業務を命じたこと)により、原告は精神的損害を被ったことが認められ、その損害額は本件口頭弁論終結時点において五〇万円とするのが相当である。

第五結論

よって、原告の本訴請求は、<1>本件出勤停止処分の無効確認及びこれを前提とした労働契約に基づく賃金四万〇一三六円及びこれに対する弁済期の経過後である平成八年一〇月一六日からの(ママ)支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払、<2>原告が被告に対して、不法行為に基づく損害賠償金二三〇万円及びうち五〇万円に対する慰謝料算定の基準日である平成九年一二月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があり、原告の被告に対する平成八年四月から被告が原告を長距離トラック運転手として勤務させるまで、毎月二八日限り、各金九万円の支払を求める訴えのうち、平成九年一二月二八日の支払日以降の各支払を求める訴えは権利保護の要件を欠くから却下し、原告のその余の請求は棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条ただし書を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(平成九年一二月三日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 前川鉄郎 裁判官 石原稚也 裁判官 田口治美)

【別表・原告の給料額】

<省略>

(給料明細書の様式変更)

<省略>

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